キューバ

昨日、キューバハバナ)を出港しました。

キューバ政府が言っていることと、今人々の生活の実態はどのくらい差があるのか、それは実際に生活してみなければ分からないことだけれど、やはりキューバ革命後のアメリカの経済封鎖による影響(そればかりではないと思うけど)は大きいような実感はありました。

表面的にはある程度潤っているようには見えるけれど、街角で物乞いの人たちもいるのも事実だし。

キューバの街並み、とても綺麗です。中南米では通常見かけない建物ばかり。

この2、3日仕事で疲労気味ですが、なんとか持ちこたえています。

大西洋

現在、船はスペインのラス・パルマス(Las Palmas)を抜け、大西洋を航行しています。
日本との時差は11時間。

ぶっ続けで1ヵ月半以上働いているため疲れは溜まっていますが、体調を崩すことなく元気です。

次の寄港地はキューバ。これから船は南米に向かいます。懐かしいスペイン語圏での仕事が待っているので、思う存分、力を発揮したいと思います。

やっぱりスペイン語って良いです。

でも、英語が喋れなくなっているのを何とかしなくては。。。ほんとにヤバイ。
船内で意思疎通できん。。。。

いよいよ明日

船内で泊り込みで作業してきました。
運よく家に帰ってくるのが早かったので、出港前最後の書き込みです。

船って、やっぱり広い。パッセンジャーの時には全く入る権限のなかった通路とか部屋とかがいろいろあって、本当に迷子になります。

先輩の同僚に案内されながら、狭くて急な階段をクネクネ登ったり降りたりして、これから動き回る仕事場を教えてもらったり。

まずは、自分のキャビンまで迷子にならないように覚えなくてはいけないんだけど、まだ覚えられていません。(笑)
パッセンジャーのときも覚えるまでに時間がかかっていたのだけど。

僕と同じ立場で49回クルーズで船上勤務した同僚とも3ヶ月ぶりに会い、いろいろなことを引き継ぎました。

彼と次回会うのはやはり3ヵ月後。スパンの長い仕事だから、タイミングを逃すと、半年なんて全く会わずに過ぎてしまいます。

これからの業務のことを考えると、期待なんかより不安のほうがたくさんあります。
仕事で乗船するのなんて初めてだし。休みがないし。。。。(泣)

明日は、朝7時半くらいに自分のスーツケースを持って、大さん橋埠頭についていなくてはいけません。。。行くだけで疲れるなぁ・・・・

というわけで、またどこかの国or海から書き込みます。それではまた。

☆キラキラ☆

今日、ある電気量販店で買い物をしていたところ、あるカップルに遭遇しました。
彼氏は時計を探しているんだけど、彼女が彼氏の顔を覗き込みながら、
キラキラ光線出しています。5つ星の顔で微笑むのです。あまりにかわいらしい笑顔だったので、遠目から、もう一度観察しました。少女マンガのように、彼女の目には星が輝いていました。

なんか分からないけど、その彼氏に対して無性にむかつきました。。。。
と同時に、自分が悲しくなりました。

か、神よ!我を救いたまえ!

出港前だけあって、みんな忙(せわ)しなく動いています。
それでもやはり極端に仕事を抱えすぎている人とそうじゃない人の差があるわけで。

今週は遅番だったんですが、19時を過ぎると僕の作業はほとんど無くなり、作業を抱えている子の手伝いに回ってました。

出港前だというのに、体調を崩しかけてて危ないから。

長時間残業は苦しいもの。僕が最初に勤めた会社では、朝8時に出勤してから夜11時半に帰るのが普通でした。当時、結構大変で、ミスが相次いでいたのを今でも覚えています。

できるだけそういうのって避けたいじゃないですか?
長時間残業って、その人にとって、精神的にも肉体的にも仕事的にも悪循環の連鎖につながるから。

って言ってながら、今日、僕の身体は重いです。。。。
この土日過ぎると、ノンストップで出港準備→出港です。

うー、どれにしようかなぁ・・・・

リポビタンDアリナミンリゲイン・・・・

ベネズエラのこと

2月まで生活していたベネズエラ

帰国してからというもの、一緒に生活していた彼らのことを忘れたことはありません。

住み込みで働いていた夫婦の、ハイロ(Jairo)とダリ(Daris)は今どうしているのかな?

ベンポスタのあいつらは元気かな?
エウド、ポルフィリオ、ダビ、コーリン、ダリオ、マジェリン、エリカ、エルビス、ウィルキン・・・・


そして、ロス・フライレス村の集落に住んでる家族たち。

1ヶ月間、彼らと一緒に避難所生活を送っていた僕たちは、彼らの村の中では知らない人はいないくらいの有名人になってました。

道で会うと、必ず「オラ!チロ!(ヒロって発音できないから)」と声を掛けてくれる。

ベンポスタで一緒に生活してたあの犬たちはどうしてるんだろう。。。。

最初は、僕たちに対して、吠えていたけど、一緒に生活していく中で、彼らにどうやら認められたみたいで、人なつっこく脇について歩くようになってた。

便利な生活になれた、僕たち日本人にとっては決して楽な生活ではなかったけれど、
良い経験したと思っています。